【4】 1969年のライブ 〜 Back To College / A Time Of Innocence (1969/11/11 マイアミ大学)
   本文: さとう氏 
http://plaza12.mbn.or.jp/%7Esatom/sg.htm

 
 

" LIVE IN OHIO , USA 1969 "
INTERNATIONAL INP031

" A TIME OF INNOCENCE "
BELL BOTTOM 024


" SILENT CONTENDER "
PLANET-X PLAN063


" BACK TO COLLEGE "
RED LINE RLCD31016
 


【曲 目】
1. Mrs. Robinson
2. Fakin' It
3. The Boxer
4. So Long, Frank Lloyd Wright
5. Why Don't You Write Me
6. That Silver Haired Daddy Of Mine (Gene Autry)
7. Cuba Si, Nixon No
8. Bridge Over Troubled Water



9. The Sounds Of Silence
10. Bye Bye Love
11. Homeward Bound
12. At The Zoo
13. America
14. Song For The Asking
15. A Poem On The Underground Wall
16. For Emily, Whenever I May Find Her

 1969年、アメリカの大統領は民主党のリンドン・ジョンソンから、ベトナム戦争の早期解決を選挙公約に掲げた共和党のリチャード・ニクソンに交代。

 S&Gの二人にとってもこの年は色々な意味であわただしい年となった。

 3月、第11回グラミー賞の授賞式。1968年5月にシングルリリースされた " Mrs. Robinson " で最優秀レコード、最優秀コンテンポラリー・グループを受賞。そして、映画「卒業」のサウンドトラック・アルバムで最優秀スコア賞を受賞。
 5月、シングル " The Boxer / Baby Driver " をリリース。
 その後彼らは、翌年1月の発売に向け新作アルバム「明日に架ける橋」の制作にかかっていた。

 このコンサートは、そんな中の11月11日、マイアミ大学で行われたものである。アルバム「明日に架ける橋」の発売を直前に控えたS&Gの活動状況、そして二人の心情を知る上で、この音源は手がかりに富んでいる。

 いつものオープニング曲 " Mrs. Robinson " の後、アートが、" This is the first time we've ever worked with a band. " (バンドといっしょにステージをやるのは初めてなんです。)と言いながら各メンバーを紹介。  コンサート・ツアーには、アルバム 「明日に架ける橋」のレコーディングセッションのメンバーがバックバンドとして加わっている。

 ピアノ伴奏による「明日に架ける橋」は別として、" Mrs. Robinson " を始めとしてバックバンドのついた演奏を聞くと、これまでポールのギター1本の伴奏によるコンサートに慣れ親しんだ人たちにとっては、多少違和感がある。

 " The Boxer " は、ポールとフレッド・カーター・ジュニアのツイン・ギターによる伴奏。二人のギターがコンサート会場の反響によるウォール・サウンドを作りだし、見事なオーケストレーションを生んでいる。先行発売されたシングル盤ではピッコロ・トランペットとスチールギターの間奏となっていた4番に、この頃のコンサートから既に歌詞が追加されている。

 7曲目は結果的にアルバム「明日に架ける橋」に収録されなかった幻の曲、" Cuba Si,Nixon No " 。これは、キューバ危機以降も当時、険悪な関係が続いていたキューバとアメリカを風刺した歌である。  キューバの言語はスペイン語。" Si " は、英語で言えば " Yes " 。よって、タイトルは、「キューバは Yes ! ニクソンは No ! 」つまり、「 キューバ万歳!ニクソン反対! 」となる。旋律は、ビートルズがカバーしたこともあるチャック・ベリーの1956年の名曲、ロール・オーバー・ベートーベン( " Roll Over Beethoven " )の雰囲気を持っている。

 ポールは、アルバム「明日に架ける橋」の12曲目をめぐる二人の論争について、のちに次のように語っている。
「 僕は" Cuba Si, Nixon No " という曲を書き終えていたが、アートがそれを気に入らなかった。トラックは出来ていたんだけど。・・・アートはバッハのコラール(賛美歌)のような曲※1を収録したいと主張していたが、僕は反対していた。結局、この12曲目をめぐる論争に疲れ果てて、アルバム『明日に架ける橋』は11曲で出すことになった。」

 現在この曲の音源は、このライブCDでしか得られない。ほかに、この曲のリズムトラックの録音風景とおぼしき映像が残っているだけである。

 そして次のアルバムのタイトル曲、「明日に架ける橋」をラリー・ネクテルのピアノ伴奏でアートが歌い切る。全盛期のアートによる「明日に架ける橋」は、ライブでも圧倒的な美しさを誇っている。そして、コンサート会場は割れんばかりの大歓声。拍手はいつまで経っても鳴り止まない。この歌は当初、ファルセットを生かしてポールが歌う可能性もあったが、この頃から「アート・ガーファンクルのスタンダードソング」になったのである。

 " Homeward Bound " を歌い終わってポールのMC。この後11月30日に放映するTVスペシャル( " Songs of America " 。日本でも後にNHKで「アメリカの歌」として放映。)のため、このコンサートの模様もフィルムに収めていること、そしてアートが出演している「キャッチ22」がもうすぐ公開されること、ポールはこの映画に出演できなかったことがジョークを交えて告げられる。

 " America " を歌い終わってアートのMC。新しいアルバム(「明日に架ける橋」のこと)が98%完成している旨説明がある。

  " Cuba Si, Nixon No " のアルバムへの採用可否の経緯といい、このコンサートにおける皮肉混じりのポールのMCといい、二人の路線の違いや疎遠な関係を原因として、アルバム「明日に架ける橋」の発売直前のこの時期、二人の関係に危機が忍び寄っているのが窺える。

 ポールはアルバム「明日に架ける橋」の中で、映画「キャッチ22」の撮影を優先させることによりアルバムの制作に支障を来たしてしまったアートに対して様々なメッセージを送っている。

   「どうか帰ってきておくれ。僕は跪いてお願いしているんだ。」−" Cecilia "
   「どうして便りをくれないの。君の声が聞きたいよ。」−" Why Don't You Write Me "
   「君が望むなら喜んで僕は生き方を変えましょう。」−" Song For The Asking "
   「さようなら。あなたの考えを決して変えないでください。」−" So Long, Frank Lloyd Wright "
    (フランク・ロイド・ライトは、かつてコロンビア大学で建築学を専攻していたアート本人の比喩。)
   「僕はニューヨークでたった一人生きている少年さ。」−" The Only Living Boy In New York "
    (Tom は、" Tom & Jerry " 時代に " Tom Graph " を名乗っていたアートのこと。)

 このCDは多くの種類が市場に流れている。 特に、" LIVE IN OHIO,USA 1969 " は、書店でいわゆる1000円CDとしてこの中でも早めに市場に出ていたもの。
 " SILENT CONTENDER " は、これらの曲目に、1968年8月23日 Hollywood Bowl のライブから4曲が追加されている。

(さとう)


※1 バッハのコラール(賛美歌)のような曲

「Feuilles-Oh 木の葉は落ちて」のこと。ボックスセット「Old Friends」にS&Gによるギター1本で演奏されたデモが収録されている。

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