|
|
イッシー&バッシー
- 09/7/20(月) 17:42 -
|
|
|
| |
11日(土)ドーム二日目のミセス・ロビンソン、エンディングのところで、
ポールはEのフォームで、聞き覚えのあるフレーズを弾きました。
それはBridgeアルバムの「バイ・バイ・ラブ」のエンディングで聞かれるものと同じでした。
きっとポールの指癖フレーズなのでしょう。
|
|
|
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; YTB720; GTB6; .NET CLR...@user210084.htv-net.ne.jp>
|
|
|
Choku
- 09/7/20(月) 22:51 -
|
|
|
| |
>そういえば、よしあき君とChoku君、武道館公演の翌日、
>ヴィンセントさんにレッスン(というか特訓?)を受けたとか…
一応こちらにご報告ページを作りました。乱文ご容赦を。
http://www.ne.jp/asahi/hurricane/eye/report2009.html
1999年からポールのコンサートを世界中で追いかけてきて、
ミュージシャンとも少しずつ仲良くなって、
10年の区切りの今年、日本公演。
こうもりさんの尽力もあって、このようなことになりました。
報告ページではBakithiの無邪気さにスポットライトをあてて書きましたが
彼は本当にまじめでまっすぐな人です。
僕がうまく文章にできなかったようなこともたくさんあります。
特に難しい時期の南アフリカで過ごしたこともあり
平和への願いを強く持っていることが話していてよく分かりました。
なお、Bakithiという語にはズールー語で、"our people"という意味があるそうです。
|
|
|
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; en-US) AppleWebKit/530.5 (KHTML, like...@v051254.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp>
|
|
|
黒ぎたあ
- 09/7/20(月) 23:42 -
|
|
|
| |
Choku君、凄い凄い!!
読んでる自分までが、わくわくドキドキしますね〜
札幌のバックステージでちらりとお会いしたヴィンセントさんは、
たたずまいからして威厳が感じられ、
それでも柔和な笑顔が印象的でした。
バキチさんは、想像していたより小柄で、ちょっと驚いたのですが、
人懐っこい笑顔が忘れられません。
舞い上がってしまっていた私は、ベースを弾く仕草をしながら
「あなたの素晴らしいプレイをありがとう」と片言の英語で伝えると、
目を見開いて、うん、と頷き、右手を差し出して、握手をしてくれました。
>特に難しい時期の南アフリカで過ごしたこともあり
>平和への願いを強く持っていることが話していてよく分かりました。
>Bakithiという語にはズールー語で、"our people"という意味があるそうです。
なんだか、胸にぐっとくるコメントです。
|
|
|
<Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/416.11 (KHTML, lik...@p8bcd63.onenum00.ap.so-net.ne.jp>
|
|
|
大口洋一
- 09/7/21(火) 17:57 -
|
|
|
| |
▼Chokuさんの投稿:
>一応こちらにご報告ページを作りました。乱文ご容赦を。
>http://www.ne.jp/asahi/hurricane/eye/report2009.html
Thank youです。
Chokuさんのご報告で:
>「俺の作曲」というのは、 別にポールがVincentの曲を搾取したというのではなく
>、その曲のコアになるギターフレーズやリズムのアイデアが彼のものだということ
>だと思う。 それをひとつの曲に作り上げるのはポールの仕事であるし、彼にしか
>できないことなのだろう。「俺の作曲だ」というVincentには、 ポールに対する
>敵意はどこにも見られないし、ただ誇らしげなのである。BakithiもGracelandを
> 「僕の曲(my song)」と言っていた。同じような誇りをそこに感じた。
ここの部分で、どこかの評論家が、"Paulの手法はアフリカで素材をサンプリングして自分のものとして発表しているだけだ"というような意味のことを言っていたことを思い出しました(正確な表現は忘れました)。
作品として完成させたという意味ではPaulの仕事と言えるでしょうね。個々のアイデアだけでは、あれだけの完成度のGracelandは出来なかったはずです。
また、音楽というか文化全般に言えることですが異質なものと融合して発展してきたし、してゆくのだと思います。
40年前、人類は初めて月に着陸しました。この仕事を成し遂げたのはフォン・ブラウン博士だけでなく、サターン・ロケットのバルブを設計した無名エンジニアが必要だったし、アポロ宇宙船のワイヤ・ハーネスを正確に結びつけた無名テクニシャンも必要だったはずです。その人たちも月着陸を誇りに思っているはずですね。
|
|
|
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; en-US) AppleWebKit/530.5 (KHTML, like...@ntaich118055.aich.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp>
|
|
|
うらうめ
- 09/7/22(水) 14:05 -
|
|
|
| |
<外伝>
あの界隈では、ネタが大きい・安い で有名なお寿司屋さんを出たあと、シャツを見たいというバキチ(&添乗員A,B)と別れ、ギブソンへ行くマーク、ラリーと地下鉄の入り口へ。
「160円ですよ〜」というと、マークは千円札を出して慣れた手つきで自販機で切符を購入。
ちょうど電車が入ってきたので、「これに乗ろう!」と急いで改札を通り抜け車内に飛び込むと、マークが、「ダメダメ、降りてきて!」と叫ぶ。
彼の指さす方向を見ると、ラリーがまだ手のひらのうえで小銭を数えています。(^^;;) ぴったりのお金で買いたかったらしい。
ということで、一台見送って次の電車に乗込む。
次の駅で座席が空いたので、私を真ん中に三人仲良く座ります。
ラリーが手に持っているフェンダーのカタログを見つめ、
「ねぇ、これからギブソンに行くのに、これ持ってたらマズイよね?」
「大丈夫さ、ヘーキ、ヘーキ!」とマーク
「………、いや、やっぱりマズイよ」
「わかった、じゃこうしよう!」
と、やおらカタログを取上げ、ムリヤリ四つ折りにしてジーパンのおしりのポケットにつっこむマーク。パンパン!と上から叩いて、
「ほら、見えない。これで大丈夫!!!」
あぁ〜、あんなに喰い入るように見ていたカタログをぐしゅぐしゅにしちゃって... でも右側には妙に納得しているラリー。冊子といえども「本」と名の付くものを傷つけることのできない私には、ちょっと痛々しい光景だったが、二人が良いなら黙っておこう。
銀座に到着し、ラリーに「ギブソンの場所は判っているの?」と訊くと、
「大丈夫!地図をもらったから」と。
そこでその地図を見せてもらうと、なんてチョー大まかな略図。
こりゃ外国人二人きりで放ってしまったら辿り着けない と思い、
「ここまで案内するから、着いてきて」と誘導。
道々、
「武道館には来たの?」と訊かれたので、「えぇ!」
「東京ドームも?」「もちろん!」
「2日間とも?」「当たり前!」
「札幌も行くから!」「ええっ〜〜〜!!!!」
(声音と目の色に"crazy" と滲み出ていたのを見逃さないわたしであった)
「じゃ、また会えるね」
なんてことを話しながら、数分後、無事二人をビル上階行き入口前まで。
2日後の再会を約してお別れしました。
ちなみに、場所は1Fに HARRY WINSTON という宝飾店が入っている大層な構えのビルです。(えぇ、確かに向いはみずほ銀行、近くに Bulgari はありますが、この2つだけが目印では、銀座になじみのない日本人にもムズカシイと思います)
<おまけ>
すすきのでお店を出たあと、彼らをタクシーに乗せるまでのほんの少しの間、雨がかなり降っていたので、銘々、傘を差掛けて歩きました。
私はラリーといたのですが、「このシチュエーション、日本では"相合い傘"っていって、恋愛の第一歩なのよ(The first step of love.)」と言ったら、いたく気に入ったらしく「相合い傘……」と何度も呟いていました。
|
|
|
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; GTB6; .NET CLR 1.1.4322)@px01.tgipnet.jp>
|
|
 |
 |