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やはりこのイベントに関しては同年齢の方々の反応がすごいですね。
僕もこのイベントは生涯忘れることができません。
当時高校3年になる春休みで、予備校の春季講習に通っていましたが、
伊勢丹にはほぼ毎日行きましたね。
大阪公演から帰ってきた4月3日も、その足で行きましたし・・・。
大阪でもやっていたので、4月2日に行きました。
以下印象的な記憶をランダムに列挙してみます。
●7th Avenueさんも書いていましたが、とにかくプロモーション・フィルム
がすごかった!動いている彼らを見たのはそれまではNHKで放送された「アメ
リカを歌う」のときだけですから、本当に感動しました。
特に73年のツアーでのポール(あの白いスーツ姿で・・)がサウンド・オブ・
サイレンスを歌っている姿は今でもはっきり覚えています。
この映像はこのときしか見たことがないのですが、これはCBS-SONYの資料だった
んですよね、7th Avenueさん?
●僕の記憶によると、例の事件で一躍有名になったあの亀淵DJが、ゲストでしゃべ
っていました(亀淵さんはアーティーの「天使の歌声」等でライナーを書いて
いてS&Gの新派ですよね)。
曰く「S&Gのコンサートを見た時の話ですが、観客が投げたフリスビーを係員が
没収したのですが、それをポールが交渉して取り戻し、観客に投げ返したので
す。もう大歓声でしたよ。」
後から思えばこのコンサートは1970年7月のフォレスト・ヒルズでのコンサート
だったのでしょうけど、その時の様子が目に浮かぶようなお話でした。
●同じくゲストで出ていたのが、当時ファン・クラブの会長だった7th Avenueさん
でした。7th Avenueさんが僕たちファンの間でカリスマ的存在になるのは、もう
ちょっと後のことであり、この時点ではお名前はファン・クラブ(ML誌上で会員
を募集していましたよね!)の件を通じてしか知りませんでしたが、「そうか、
この人が会長なのか・・」と思ったのをよく覚えています。
今思えば、このイベントは7th Avenueさんなしではあり得なかったのですね。
お蔭様で、一生ものの思い出ができました。
●早く入場すると、ポスターがもらえるということがわかり、ある日伊勢丹開店と
同時に会場まで突進したことがありました。
その甲斐あってポールのモノクロのポスター(「Songs Of Paul Simon」の表紙
と同じ絵柄の横長のもの)をGETできました。もちろん今でも大切にとってあり
ます。
●発売されたばかりの「ライヴ・サイモン」のマスター・テープが再生装置と
共に展示してありました。(テープが回っていたのを覚えています。)
これは今考えるとすごいことなのですが、当時の世間知らずの高校生には
そのすごさが全然わかっていませんでした。
大人の人(多分20代だと思ったけど・・)がじっと見入っていたのを、「何
が面白いのだろう。」と思って見ていた記憶があります。
●歌のコンテストは当然友人のHとのデュエットで応募しましたが、テープ審査
で見事落ちました。もしかしたらけんさんの演奏も見ていたかもしれませんね。
けんさん、曲は何をやったのですか?
ひとつ驚いたことは、ある応募者がふたりで"Peace Like A River"をやったこと
です。あの当時でこの曲をやる素人がいるなんて、結構ショックでした。
あと女性がソロでしかも無伴奏で"Mother And Child Reunion"を歌ったのが
やけに印象的でしたね。
その他まだまだ覚えていることは限りなくあるのですが、長くなり過ぎてしまう
ので、このへんにしておきます。
とにかくあのイベントはポールの初来日と同タイミングだったということもあっ
て、僕の中での「S&G生涯BEST-NEWS」の3位までには絶対入る素晴らしい出来事で
した。
今またあんなイベントができたら、と思わず考えてしまいました・・。
長くなってしまって失礼しました。
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