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▼イッシー&バッシーさんの投稿:
横から、すみません。お2人のお話が興味深いし、面白いので(笑)
イッシーさん、こうもりさん、さすがの見識ですね。
このGAL関係のお2人のやりとりは、せんだってから感心して
拝見してたんですが、おかげさまで僕も、自分なりにまとまってきたように
思います。
>ポールは1968年、Why Don't You Write Meのころから、スカ、レゲエに傾倒していきました。
>このGALデモは、その系譜の最後ような気がします。
>この曲がゴスペルにひっくり返って以来、ポールはレゲエらしいレゲエは手掛けなくなりました。
そうですね。僕には、このポールのレゲエ、スカ路線は、Why Don,t You
Write Me?から、Mother And Child Reunion(これはレゲエではなくスカだという
意見もありますね)で花開いて、それをKodechrome,Mardi Grassなどでより
洗練されたポップな質感を強めて行ったと思います。GALのデモは、
確かにレゲエ風ですが、それをゴスペルにしたのは、ベッドミトラーと上手く行かなかったこともあるでしょうが、一気にゴスペルに方向転換してしまうほど、
ゴードンエドワーズ、スティーブガッド、リチャードティーらとの出会いは強烈だったということでしょうか。
さらに決定的だったのは、フィービースノウの発見だったように思います。
レゲエからゴスペルという大転換はあったけど、デュエットという一線は
歌詞の内容からも絶対崩したくなく、そのためにはベットミトラーに変わる
パンチのある女性ボーカルがどうしても必要だった。
だから、ポールにゴスペルで行こうと最終決定させたのはフィービースノウの
存在ではないかと愚考しております。
>細かく見れば、Think Too Much やWhen Numbers Get Seriousなどもありますが、
>1970年代前半のような熱中は見られなくなりました。
そうですね、この2曲は、チラリとその影が垣間見えるといった程度の
印象で、いつものポールのレベルで言うと、曲の完成度は、ちょっと
消化不良気味かなという印象があります。
>
>ここが、ポールの大きな転換期だったと思います。
>ポールはこの後NYゴスペルを中心にして、
>Still Crazy,
>One Trick Pony,
>エトセトラの2曲、
>Hearts And Bones
>という作品群を築いて行きます。
>
>この次にポールの人生最大のスランプが来るのですが、
>私はこれからそれを考えてみます。
かなり深刻なスランプだったようですね。でも精神分析医に、そのことを
相談した時の問診の内容を、Allergiesのような歌にしてしまうところが
転んでも、ただでは起きないポールのガッツ?を感じます。
こうもりさんも指摘されてるように、タワーシアターのライブに、もう
その雰囲気が出てるというか・・・・このツアー自体、なかなか切符が
売れなかったりして、かなり赤字だったらしいですね。
イッシーさんが列挙されたアルバム中、特にStill Crazyからエトセトラの2曲に
至る作品群は全体的に黒っぽいサウンドで、そこからリズムだけを受け継いで
黒っぽさを抜いたのがHearts & Bonesではという印象を僕は持っています。
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